渓斎英泉(Keisai Eisen)について
渓斎英泉(1791-1848)は、江戸時代後期に活躍した日本の浮世絵師である。
独自性の際立つ退廃的で妖艶な美人画で知られている。その一方で風景画でも知られており、「木曽街道六十九次」では歌川広重と合作している。
浮世絵師としての英泉は、独自の妖艶な画風で人気を博することになる。6頭身で胴長、猫背気味という、屈折した情念の籠った女性像が特徴である。また下唇が厚く、下顎が出たような顔も特徴的といえる。遊女を妖艶さと強い意志を湛えた眼差しを持つ女性として描いた。
英泉の描いた絵は、江戸時代の後期、文化・文政期の退廃的な美意識を象徴的に表し、幕末の世情を反映したアクの強い画風を示している。それは「えぐみ」と言われる既存の美意識を逆転させたところに美を見出す点で、時代の感覚と符合した。
英泉の錦絵作品は現在1734枚確認されているが、うち1265枚の約73%が美人画である。この数字は、同時代に活躍した歌川国貞の初期の時代の美人画枚数1313枚に匹敵する。また、1265枚の内38%にあたる482枚が吉原の遊女で、更にその内365枚に遊女名が記されているのが大きな特徴である。遊女名記載作品は、吉原遊廓や遊女のスポンサーからの依頼による制作と考えられ、遊郭や蔦屋重三郎との強い繋がりが窺える。
美人画で知られる英泉であるが、風景画でも知られている。歌川広重との合作の形で天保6年(1835年)頃完成させた『木曽街道六十九次』は、全72図のうちの24図が英泉の筆による。歌川広重の『東海道五十三次』シリーズの成功を受け、版元が新たに企画したものである。
画像出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システム・国立国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1240683/1/128)(https://dl.ndl.go.jp/pid/9892706/1/3)